子供が居て働いていると、よく周りから言われる言葉。
・保育園は可哀想だ。
・小さい頃に母親が働いていると子供がおかしくなる。
・小さいときぐらい子供のそばにいてあげた方がいい。
・幼稚園も預かり保育をしてくれるから、そっちに変えたら?
・ダンナさんが給料いいのに何で働いてるの?
私のように、産休を取った人は再就職の経験がないので、面接は受けていないが、再就職組は必ずと言っていいほど面接の時に言われる言葉。
・子供が熱出したぐらいで、会社を休んでもらっては困る
・なんでも子供や夫を言い訳にするな
・今子供が小さいのに何で無理して働かないといけないんだ
ひどいときは、子持ち既婚女性だと言うだけで面接すら受けさせてくれない会社もあるほどだ。
本当に、世間は子持ちの事情を理解していない。
女性は就職するときに「結婚したらどうせ辞めるのだから」と言われ、結婚しても働いていれば「出産したら辞めるんでしょ」と言われ、未だにお茶くみやコピー取り、はたまたお偉いさんの雑用係などいいように使われがちだ。
さらに、たまに有給休暇を取ると上司に「子持ちは休みが多くてね」なんて嘆かれたぐらいにして…
それなら、そんな嫌な思いをするのなら、子供を産まずに働いて、休暇は自分の好きなように使って、お金も海外旅行やブランド品や洋服などに使っていた方がよっぽどいいと考える女性たちが多いのも、至極当然の事である。
私は、独身女性をねたんでいるわけではない。
現実を考えると、子供はこれから先いたほうがいいと思うが、そんな生活が馬鹿らしく思えて来るという人たちの気持ちも、わかるからである。「早く結婚したら?」と一言言われるぐらい、どうってことないし。
私は夫が官公庁に勤めているせいだろうか、ダンナの給料がいいのに…はよく言われる言葉である。
今財政難で給与カットを行っている配偶者の身としては、「わかりもしないで何を言ってるんだ」と思うばかりである。
それより、家事を折半し、2人でどうにかでも働いていた方がどちらかがどうにかなったとしても食い扶持はある。
一生涯、夫婦が夫1人の給料だけで食べていける時代はもう既に終わっているか、終わりかけている。
子供が可哀想などの感情論も確かに大切かもしれないが、もっと大切なのはその先を見て就職活動や、就業の継続を決めたりすること。
また、子供が居る女性は特にスキルアップを欠かさない事。家にいてのほほんとしているより、再就職に絶対に役に立つと思う。
既婚子持ち女性は、一度退職するとせいぜい就職があると言ってもダンナの扶養の範囲で働く仕事がほとんどで、月給制の準社員や正社員のような仕事は、なかなか無いと言ってもいいだろう。
私もチャンスがあれば自分の可能性を試すためにも、転職してみたいと考えている。今すぐではないけれど、子育てが落ち着いたら資格を取ったりもしてみたいと思う。
今の仕事を捨ててまでしたいと思う事があればの話だが。
現状に満足するより、向上しようと言う気持ちが大切だ。現職の間にも、まだ取っておきたい資格はいくつかあるのだ。
・保育園は可哀想だ。
・小さい頃に母親が働いていると子供がおかしくなる。
・小さいときぐらい子供のそばにいてあげた方がいい。
・幼稚園も預かり保育をしてくれるから、そっちに変えたら?
・ダンナさんが給料いいのに何で働いてるの?
私のように、産休を取った人は再就職の経験がないので、面接は受けていないが、再就職組は必ずと言っていいほど面接の時に言われる言葉。
・子供が熱出したぐらいで、会社を休んでもらっては困る
・なんでも子供や夫を言い訳にするな
・今子供が小さいのに何で無理して働かないといけないんだ
ひどいときは、子持ち既婚女性だと言うだけで面接すら受けさせてくれない会社もあるほどだ。
本当に、世間は子持ちの事情を理解していない。
女性は就職するときに「結婚したらどうせ辞めるのだから」と言われ、結婚しても働いていれば「出産したら辞めるんでしょ」と言われ、未だにお茶くみやコピー取り、はたまたお偉いさんの雑用係などいいように使われがちだ。
さらに、たまに有給休暇を取ると上司に「子持ちは休みが多くてね」なんて嘆かれたぐらいにして…
それなら、そんな嫌な思いをするのなら、子供を産まずに働いて、休暇は自分の好きなように使って、お金も海外旅行やブランド品や洋服などに使っていた方がよっぽどいいと考える女性たちが多いのも、至極当然の事である。
私は、独身女性をねたんでいるわけではない。
現実を考えると、子供はこれから先いたほうがいいと思うが、そんな生活が馬鹿らしく思えて来るという人たちの気持ちも、わかるからである。「早く結婚したら?」と一言言われるぐらい、どうってことないし。
私は夫が官公庁に勤めているせいだろうか、ダンナの給料がいいのに…はよく言われる言葉である。
今財政難で給与カットを行っている配偶者の身としては、「わかりもしないで何を言ってるんだ」と思うばかりである。
それより、家事を折半し、2人でどうにかでも働いていた方がどちらかがどうにかなったとしても食い扶持はある。
一生涯、夫婦が夫1人の給料だけで食べていける時代はもう既に終わっているか、終わりかけている。
子供が可哀想などの感情論も確かに大切かもしれないが、もっと大切なのはその先を見て就職活動や、就業の継続を決めたりすること。
また、子供が居る女性は特にスキルアップを欠かさない事。家にいてのほほんとしているより、再就職に絶対に役に立つと思う。
既婚子持ち女性は、一度退職するとせいぜい就職があると言ってもダンナの扶養の範囲で働く仕事がほとんどで、月給制の準社員や正社員のような仕事は、なかなか無いと言ってもいいだろう。
私もチャンスがあれば自分の可能性を試すためにも、転職してみたいと考えている。今すぐではないけれど、子育てが落ち着いたら資格を取ったりもしてみたいと思う。
今の仕事を捨ててまでしたいと思う事があればの話だが。
現状に満足するより、向上しようと言う気持ちが大切だ。現職の間にも、まだ取っておきたい資格はいくつかあるのだ。
コメントをみる |

今日は、久しぶり(数ヶ月ぶり)に有給休暇を取りました。
それも半日だけですが。
けっこう1時間でも豚汁とおでんを作って、食器洗浄機を回して、洗濯をしてと充実しています。
今はインターネットしてのんびりしていますが。
なんかこのまま保育懇談の時間までだらだらと過ごしてしまいそうで怖い…。
次はいつ休めるんだろう…。
子育てしながら仕事をしていると、というか家庭を持って仕事をしている人は、有給休暇を使って用事を足したりしないとけっこう銀行やら買い物やら行けない人もいるかもしれません。
たまの有給休暇だからこそ、有意義に過ごしたいですね。
それも半日だけですが。
けっこう1時間でも豚汁とおでんを作って、食器洗浄機を回して、洗濯をしてと充実しています。
今はインターネットしてのんびりしていますが。
なんかこのまま保育懇談の時間までだらだらと過ごしてしまいそうで怖い…。
次はいつ休めるんだろう…。
子育てしながら仕事をしていると、というか家庭を持って仕事をしている人は、有給休暇を使って用事を足したりしないとけっこう銀行やら買い物やら行けない人もいるかもしれません。
たまの有給休暇だからこそ、有意義に過ごしたいですね。
コメントをみる |

元気で働けることのありがたみ
2005年1月25日 お仕事私はすこぶる健康。
子供たちも夫も健康で、毎日こうやって過ごしていることが幸せだと本当に思います。
これが1人でも障害を持っていたり、親の介護が必要だったりすると、私はその人のために献身的に看護しなければならず、働くこともままなりません。
その資金を稼ぐために働く、というのなら別ですけど。
幸い親も元気(まだ現役で働いています)なので、稼いだお金をすべて生活に回せるのはありがたいし、夫も働くことには反対してません。
それどころか、夫が家のことを半分引き受けてくれています。
今日は給料日。明日あたり銀行にお金を引き出しに行ってこなければ。
女性はパート・アルバイトがほとんどのこのご時世に、子持ちの30女に正社員の仕事があるのはありがたいことです。
子供たちも夫も健康で、毎日こうやって過ごしていることが幸せだと本当に思います。
これが1人でも障害を持っていたり、親の介護が必要だったりすると、私はその人のために献身的に看護しなければならず、働くこともままなりません。
その資金を稼ぐために働く、というのなら別ですけど。
幸い親も元気(まだ現役で働いています)なので、稼いだお金をすべて生活に回せるのはありがたいし、夫も働くことには反対してません。
それどころか、夫が家のことを半分引き受けてくれています。
今日は給料日。明日あたり銀行にお金を引き出しに行ってこなければ。
女性はパート・アルバイトがほとんどのこのご時世に、子持ちの30女に正社員の仕事があるのはありがたいことです。
コメントをみる |

今日は、札幌営業所まで行く用事があったので、札幌支社まで足を運びました。営業所からは車で40分ぐらいかかって、結構遠かったです。
支社の工場の中は広くて、迷子になりそうなほど(爆)
早速支社で私と同じような仕事をしている人たちが工場を案内してくれました。コラーゲンや数の子を作っているところを見てきました。
久しぶりに支社の人たちと会って話してきました。本社にもいた人たちは懐かしかったです。
次に支社に行く機会があるのはいつなんでしょう。
ちなみに私は本社勤務です。
朝8時半から出発して、高速道路で2時間かけて夜7時半に帰ってきましたが、車の運転だけでも疲れました!!
支社の工場の中は広くて、迷子になりそうなほど(爆)
早速支社で私と同じような仕事をしている人たちが工場を案内してくれました。コラーゲンや数の子を作っているところを見てきました。
久しぶりに支社の人たちと会って話してきました。本社にもいた人たちは懐かしかったです。
次に支社に行く機会があるのはいつなんでしょう。
ちなみに私は本社勤務です。
朝8時半から出発して、高速道路で2時間かけて夜7時半に帰ってきましたが、車の運転だけでも疲れました!!
コメントをみる |

連休のあとの給料日、さすがに極貧だっただけにうれしい。
しかも、昼食代が今月は引かれていなかったりして、なおさらうれしい。
手取りはそこら辺のサラリーマンに比べればわずかだけれど、これで1ヶ月生活できると思うとうれしい。
働いていることに感謝だ。
しかも、昼食代が今月は引かれていなかったりして、なおさらうれしい。
手取りはそこら辺のサラリーマンに比べればわずかだけれど、これで1ヶ月生活できると思うとうれしい。
働いていることに感謝だ。
コメントをみる |

昼休みは自分をリフレッシュする1時間。
でも、会社にお客さんが来たりするとそうもいかない。
お茶だしやご飯の用意があるからだ。
これらは全部、女性社員の仕事になっている。
昼休み、思う存分に好きなことができたときはうれしい。
今日も楽しい昼休みが過ごせて気分がよい。
でも、会社にお客さんが来たりするとそうもいかない。
お茶だしやご飯の用意があるからだ。
これらは全部、女性社員の仕事になっている。
昼休み、思う存分に好きなことができたときはうれしい。
今日も楽しい昼休みが過ごせて気分がよい。
コメントをみる |

こんなことではいけないのだけれど
2004年1月9日 お仕事会社に1人でいると、亡くなった上司を思い出してしまう。
こんなことを日記に書いていたら「サボってないで仕事すれ!」って怒られそうだ(笑)。
でもなんか思い出すと悲しくて涙が出てきそう。
こんなことを日記に書いていたら「サボってないで仕事すれ!」って怒られそうだ(笑)。
でもなんか思い出すと悲しくて涙が出てきそう。
コメントをみる |

正月早々に、会社の上司が癌のため亡くなった。まだ60代という若さだった。
3日に、旭川の祖母の家に行く途中、コンビニで飲み物とおやつを調達していたら、直属の上司から電話が来て亡くなった事を知らされた。
会社の仕事納めの時には、誰もそんなこと一言も言ってなかったのに…。
その日は忙しくて弔問に行けなかったので、次の日の朝準備ができ次第行って来た。棺に入ってしまう前に、どうしても顔が見たくて。
奥さんに話を聞くと、苦しんだのは最後の5日間だと言っていた。モルヒネも効かなくなって、痛みで衝動的に行動してしまったりもしていたそうだ。苦しんだだろうね、痛かっただろうね・・・もう楽になっていいんだよ、お疲れ様、って遺体に声をかけた。遺体と対面して、やっと亡くなった事を少し実感できた。
昨年の11月に病院に入る前、一時帰宅していたときに会社に来て、出なくなった声で話しかけられた。「お前の舅爺さんは元気か。何歳になった?」と。夫の父とは、昔ともに仕事で苦労を分かち合ってきた仲であるから、気になったのかもしれない。思えばあれが最後の会話だったんだなぁ・・・って。
その人との思い出というと、いつも内線電話で怒られたり注意されたりアドバイスされたりしていたなーって記憶が多かったが、息子のことを気にかけて誰かに聞いて欲しくて、私たちに話してくれたり、現場事務所でテレビを見ながら話しかけてきたり時には何か食べさせてくれたり、怖いイメージが強い人だったが心の中は人間味のある温かい上司だったと思う。
出棺のときには、生きているときに面と向かって言えなかった言葉をかけた。
「お世話になりました。今までありがとう。」
遺体は、その前日に見たときよりも、荼毘に付される直前にはとても時間が経っているような気がした。
もう会えないんだな。ついにこのときが来てしまったんだな。
そのとき初めてそう実感した。
亡くなった上司のご冥福を心より祈ってやみません。
合掌
3日に、旭川の祖母の家に行く途中、コンビニで飲み物とおやつを調達していたら、直属の上司から電話が来て亡くなった事を知らされた。
会社の仕事納めの時には、誰もそんなこと一言も言ってなかったのに…。
その日は忙しくて弔問に行けなかったので、次の日の朝準備ができ次第行って来た。棺に入ってしまう前に、どうしても顔が見たくて。
奥さんに話を聞くと、苦しんだのは最後の5日間だと言っていた。モルヒネも効かなくなって、痛みで衝動的に行動してしまったりもしていたそうだ。苦しんだだろうね、痛かっただろうね・・・もう楽になっていいんだよ、お疲れ様、って遺体に声をかけた。遺体と対面して、やっと亡くなった事を少し実感できた。
昨年の11月に病院に入る前、一時帰宅していたときに会社に来て、出なくなった声で話しかけられた。「お前の舅爺さんは元気か。何歳になった?」と。夫の父とは、昔ともに仕事で苦労を分かち合ってきた仲であるから、気になったのかもしれない。思えばあれが最後の会話だったんだなぁ・・・って。
その人との思い出というと、いつも内線電話で怒られたり注意されたりアドバイスされたりしていたなーって記憶が多かったが、息子のことを気にかけて誰かに聞いて欲しくて、私たちに話してくれたり、現場事務所でテレビを見ながら話しかけてきたり時には何か食べさせてくれたり、怖いイメージが強い人だったが心の中は人間味のある温かい上司だったと思う。
出棺のときには、生きているときに面と向かって言えなかった言葉をかけた。
「お世話になりました。今までありがとう。」
遺体は、その前日に見たときよりも、荼毘に付される直前にはとても時間が経っているような気がした。
もう会えないんだな。ついにこのときが来てしまったんだな。
そのとき初めてそう実感した。
亡くなった上司のご冥福を心より祈ってやみません。
合掌
コメントをみる |
